今回のテーマは『生きがい』です。
生きていることの意味を私たちはよく考えますね。
これを『生きがい』ともいいます。
でも『生きがい』を”考えすぎる”と苦しくなってしまうことがあります。
現在、『生きがい』は頭で作るものというのが常識になりつつあります。
これは人間に特有特有なものだと思います。
技術や社会が高度化して物質的に満たされた環境のなかで、
新しい『他の役に立つ』『他が生きる』技術はなかなか至難の業かもしれません。
そもそも『生きがい』という価値観は
『他の役に立つ』『他が生きる』という『他とのつながり』が前提にあると思います。
私はまだまだ若輩者ですが、自分なりに『生きがい』をいろいろ考えてきました。
そして今は、整体を通して『生きがい』というのは、身体の生命活動にこそ当てはまると思っています。
私たちの呼吸は酸素(O2)を取り入れて、二酸化炭素(CO2)を排出します。
私たちの出した二酸化炭素を植物は『栄養』として必要としています。
私たちが排出する尿素に含まれる窒素(N)も植物の栄養として使われます。
私たちの身体レベルでも同じことが言えます。
肝臓は必要な代謝物質を血液に載せたり、解毒したりしてくれます。
これは身体の組織が必要としているからです。
心臓は身体に血液を送り出すように常にポンプし続けます。
これも身体が血液を必要としているからです。
人間も同じだと思います。
理屈ではなく環境のサイクルの一つの歯車として機能することで安心を感じます。
組織も身体のサイクルの一つの歯車として機能することが『生きがい』なのです。
自分が 『生きる=回る』ことが自然と『他』のサイクルを回し
『他』が『生きる=回る』ことで、自然と自分のサイクルも回る
生きる『充実感』はこんなことに感じるのだと思います。
そして『自分で生きる=回る』チカラを磨くことが『自立』することなのだと思います。
『生きがい』はもっと自然発生的な『充実感』に支えられているもの。
私たちが考える・考えないに関わらず、
環境や宇宙のサイクルの中で『生かし、生かされる』サイクルの中にあると思えば
見失われがちな『生きがい』を身の丈で考える余地が出てくるのではないかと思います。